日本の温泉文化は世界的に有名ですが、その中でも「酸性泉」は日本ならではの特徴的な温泉の一つです。酸泉と呼ばれることもあるこの泉質は、そのユニークな特性と健康効果から多くの温泉愛好家に人気があります。
活火山が数多く分布する日本に特に多い泉質であり、いかにも温泉らしい刺激的な湯として知られています。今回は、酸性泉の特徴から効能、おすすめの温泉地まで、あらゆる角度から酸性泉の魅力に迫ります。
酸性泉とは?基本的な特徴と定義

酸性泉の定義
酸性泉とは、温泉1kg中に水素イオンを1mg以上含有する泉質のことです。名前の通り酸性度が高く、pH値が6.0以下の温泉水を指します。
一般的な水のpH値が7前後(中性)であるのに対し、酸性泉は酸性寄りの値を示します。特に強酸性の温泉では、pH値が2.0以下という極めて酸性度の高いものも存在します。
酸性泉の外観と特徴
酸性泉のほとんどは無色透明ですが、中には微黄褐色を帯びた湯もあります。独特の刺激臭があり、湯を口に入れると酸味を感じることから、その名が付いたとも言われています。入浴時には、ピリピリとした刺激を肌に感じることが特徴的です。
強い酸性のため、金属を腐食させる性質も持っています。例えば、草津温泉では1円玉を1週間ほど湯に浸けておくと溶けてしまうほどの強さを持つケースもあります。
酸性泉の主な効能:皮膚病に効く「医療の湯」

酸性泉の殺菌効果
酸性泉は「皮膚病の湯」「仕上げの湯」とも呼ばれ、その最大の特徴は高い殺菌効果です。皮膚の細菌やウイルスを抑制する作用があるため、皮膚疾患に効果を発揮します。
特に以下のような症状に効果があるとされています:
- 水虫などの白癬(はくせん)症
- 慢性湿疹
- アトピー性皮膚炎
- 尋常性乾癬
- 表皮化膿症
特にアトピー性皮膚炎の主な原因菌である黄色ブドウ球菌は、酸性の環境では繁殖が抑えられることが分かっており、温泉療法により症状が改善したケースも報告されています。
美肌効果と新陳代謝促進
酸性泉は古い角質を柔らかくして溶かす作用があります。このピーリング効果により、肌の新陳代謝が促進され、美肌効果が期待できます。実際に、多くの酸性泉の温泉地では美肌の湯としても人気を集めています。
2015年の適応症改定で追加された効果
2015年の温泉法における適応症改定により、酸性泉は「アトピー性皮膚炎」「糖尿病」といった現代的な疾患に対する効果も認められるようになりました。
特に糖尿病については、酸性泉の入浴により血糖値が下がる可能性が研究されています。
酸性泉と糖尿病(血糖値)に関するエビデンス
1. 環境省による公式認定
2014年7月1日に環境省より通知された「温泉法第18条第1項の規定に基づく禁忌症及び入浴又は飲用上の注意事項」(環自総発第1407012号)において、32年ぶりに温泉の適応症が改訂されました。この通知の別紙2「温泉の適応症決定基準」および「別表2 泉質別適応症」に、酸性泉の適応症として「耐糖能異常(糖尿病)」が明記されています。
これは環境省が公式に酸性泉と糖尿病の関連を認めたことを示しており、温泉施設は適応症として「耐糖能異常(糖尿病)」を掲示することが認められています。
2. 科学研究によるエビデンス
2.1 川湯硫黄泉飲泉による研究
北海道大学保健管理センターと川湯温泉病院の西川浩司・大塚吉則による研究(「川湯硫黄泉飲泉による血糖値に及ぼす影響」2004年)では、酸性含硫黄泉(pH1.98)の飲用が血糖値に与える影響を調査しています。この研究では:
- 非糖尿病者と糖尿病患者に対する飲泉試験で、硫黄泉飲用後の血糖値上昇が水道水飲用後に比べて有意に抑制された
- 特に非糖尿病者では血糖値上昇の抑制効果が顕著であった
- 4週間の長期飲泉により、糖尿病患者のHbA1c値が有意に低下した
ただし、この研究は飲泉(内服)によるものであり、入浴(外用)による効果ではないことに注意が必要です。
2.2 亜鉛・マンガンとインスリンの関連
「一般社団法人 糖尿病診療支援ネットワーク」による報告(「温泉は糖尿病に効果的?!」2016年)によれば、酸性泉の中に含まれる亜鉛とマンガンがインスリンの作用を高め、血糖値を下げる効果があると記載されています。
亜鉛はインスリンの結晶構造形成に必要な成分で、膵β細胞内での酸化ストレスを軽減する作用があることが研究で示されています。また、マンガンもインスリン作用に関与することが報告されています。
3. 作用メカニズムについての考察
酸性泉が血糖値を下げる可能性のあるメカニズムとしては、以下のような仮説が考えられます:
- ミネラル成分の経皮吸収: 酸性泉に含まれる亜鉛やマンガンなどのミネラルが皮膚から吸収され、インスリンの分泌や作用を促進する可能性
- 体温上昇による代謝促進: 入浴による体温上昇で基礎代謝が13~15%アップし、エネルギー消費が促進されることで血糖値が低下する可能性
- 血流改善によるインスリン効果増強: 温泉入浴により筋肉の血流が良くなり、インスリンの働きが高まることで、血液中の糖が細胞に取り込まれやすくなる可能性
4. 制約と限界
- 酸性泉の入浴による血糖値低下効果に関する大規模で厳密な臨床試験は限られています。
- 環境省の適応症認定はあるものの、直接的な因果関係を示す決定的なエビデンスはまだ確立していません。
- 高温浴の場合は、交感神経の緊張により逆に血糖値が上昇するケースも報告されており、特に血糖コントロールが不良の患者では注意が必要です。
酸性泉と硫黄泉の違い:混同されがちな2つの泉質

泉質の定義の違い
酸性泉と硫黄泉は混同されることも多いですが、本来は異なる分類です。
- 酸性泉:pH値(6.0以下)で定義される泉質
- 硫黄泉:硫化水素や硫化物イオンの含有量で定義される泉質
酸性泉でも硫黄成分を含むものは多く、逆に硫黄泉も酸性を示すものが多いため、混同されやすいのです。
効能と特徴の違い
両者の主な違いとしては:
- 匂い:硫黄泉は卵が腐ったような特有の匂いが強い
- 色:硫黄泉は空気に触れると黄色く変色することが多い
- 効能:どちらも皮膚病に効果がありますが、硫黄泉は特に血管拡張作用が強く、循環器系の疾患にも効果が期待できる
注意点の共通点
どちらも刺激が強い泉質のため、肌の弱い人や高齢者は長時間の入浴を避けるべきです。また、入浴後にシャワーで温泉成分を洗い流したほうが良いケースもあります。
特に酸性泉と硫黄泉は長時間の浸かり湯には向かず、湯あたりしやすいため注意が必要です。
日本全国の有名酸性泉ランキング

全国には様々な酸性泉がありますが、特に有名なものをご紹介します。
1. 玉川温泉(秋田県)
pH値1.2という日本一の強酸性泉として知られる温泉です。100度近い高温湯と硫黄臭が特徴で、湯治場として古くから知られています。皮膚病だけでなく、リウマチや神経痛にも効果があるとされています。
2. 草津温泉(群馬県)
pH値2.1の強酸性泉で、「治療の湯」として江戸時代から高い評価を受けてきた名湯です。「熱の湯」とも呼ばれる高温泉で、「湯もみ」という独特の温度調整方法も有名です。
3. 酸ヶ湯温泉(青森県)
pH値約3.5の酸性硫黄泉で、「ヒバ千人風呂」という大浴場で知られています。乳白色の温泉水は美肌効果も高いとされています。
4. 蔵王温泉(山形県)
pH値約1.8の強酸性硫黄泉で、蔵王連峰の火山活動により湧出する温泉です。特に「川原の湯共同浴場」は強酸性の湯として有名です。
5. 塚原温泉(大分県)
「日本三大酸性泉」の一つとされ、pH値約1.5の強酸性泉です。玉川温泉、蔵王温泉とともに並び称されることが多い名湯です。
関東エリアで楽しめる酸性泉

関東地方でも酸性泉を楽しめる温泉地があります。特に日帰りで訪れやすい温泉をいくつかご紹介します。
群馬県の酸性泉
- 草津温泉:関東で最も有名な酸性泉で、「草津スカイランドホテル栖風亭」や「ラビスタ草津ヒルズ」などの宿泊施設のほか、日帰り入浴も可能です。
- 万座温泉:標高1,800mに位置する高原の温泉地。酸性硫黄泉が特徴です。
栃木県の酸性泉
- 塩原温泉郷 奥塩原新湯温泉:「秘湯にごり湯の宿 渓雲閣」などで楽しめる酸性泉です。
- 那須湯本温泉:那須高原にある温泉街で、酸性泉を楽しめます。
神奈川県の酸性泉
- 箱根温泉:箱根には様々な泉質がありますが、一部のエリアでは酸性泉も湧出しています。特に「国民宿舎箱根太陽山荘」では日帰りで酸性泉を楽しめます。
おうちで楽しむ酸性泉:入浴剤の活用法

市販の酸性泉入浴剤
自宅でも酸性泉の効果を楽しみたい方には、市販の酸性泉入浴剤がおすすめです。特に以下のような商品が人気です:
- 玉川温泉の華浴剤
- 湯の香本舗の湯けむり
これらの入浴剤は、実際の温泉成分を元に作られており、殺菌効果や皮膚病への効能を期待できます。
入浴剤の選び方と使い方のポイント
酸性泉の入浴剤を選ぶ際は、以下の点に注意しましょう:
- 成分表示を確認する:実際の温泉成分に近いものを選びましょう
- 風呂釜や浴槽への影響:強酸性の入浴剤は金属を腐食させる可能性があります
- 使用頻度:刺激が強いため、毎日の使用は避け、週に1〜2回程度がおすすめです
- 肌の状態の確認:肌トラブルがある場合は、少量から試して様子を見るようにしましょう
酸性泉入浴の注意点:効果を最大限に引き出すために

入浴時間と頻度
酸性泉は刺激が強いため、長時間の入浴は避けるべきです。特に初めて入る場合は5分程度から始め、徐々に時間を延ばしていくことをおすすめします。また、毎日の入浴よりも、週に2〜3回程度の頻度が適しています。
肌が弱い方への注意点
酸性泉は「湯あたり」しやすい泉質でもあります。特に肌が弱い方や乾燥肌の方は、入浴後に皮膚のトラブルが生じる可能性があるため、短時間の入浴を心がけ、入浴後は必要に応じてシャワーでお湯を流しましょう。
アトピー性皮膚炎との関係
アトピー性皮膚炎の方は、酸性泉の効果を期待できる反面、症状を悪化させる可能性もあります。医師に相談の上で利用し、炎症が強い時期は避けるなどの注意が必要です。
入浴後のケア
酸性泉は殺菌効果が高い一方で、肌の水分を奪う作用もあります。入浴後は保湿ケアをしっかり行い、肌の乾燥を防ぎましょう。
まとめ:日本が誇る特別な温泉「酸性泉」を楽しもう

酸性泉は、その独特の刺激と高い効能から、日本温泉文化の中でも特別な位置を占めています。皮膚病への効果や美肌効果など様々な恩恵をもたらしてくれる一方で、適切な入浴方法を心がけることも大切です。
全国には魅力的な酸性泉が数多く存在し、それぞれに特徴ある湯を楽しむことができます。また、自宅でも入浴剤を活用することで、手軽に酸性泉の効果を体験することも可能です。
自分の体調や目的に合わせて酸性泉を上手に活用し、日本ならではの温泉体験を存分に楽しんでみてはいかがでしょうか。皮膚トラブルの改善や日々の疲れを癒やす効果を感じられることでしょう。
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